LESSON-3
日系人の英雄
​ダニエル・イノウエ
Daniel Ken "Dan" Inouye

ダニエル・ケン・“ダン“・イノウエ
1924年〜2012年 

アメリカ合衆国の政治家。元アメリカ陸軍将校、上院議員、上院仮議長。第二次世界大戦時はアメリカ陸軍に従軍し、数多くの栄誉を受けた。アメリカ陸軍での最終階級は陸軍大尉。
 

©wikipedia

ハワイ観光の玄関口である旧「ホノルル国際空港」の名称が2017年4月27日から「ダニエル・K・イノウエ国際空港」に改名されましたが、この名称はハワイ州出身で2012年にこの世を去った日系初の連邦上院議員ダニエル・K・イノウエの名に由来します。福岡県出身の父と広島県出身の母の間に生まれた日系二世で、太平洋戦争時にアメリカ軍に志願して第442連隊戦闘団に配属され、ヨーロッパ前線で活躍し英雄となった彼はアメリカ史上アジア系米国人として最高の地位を獲得した人物です。

アロハプログラムで学ぶ

ダニエル・イノウエとハワイの関係を以下の講座で学びましょう!

講座名:ダニエル イノウエ上院議員  ▶︎ 読む

講座名:第二次世界大戦の勇者を称える碑  ▶︎ 読む

えとう教授の【観光学の視点】

ハワイ大学に学び医学の道を目指していたダニエル・イノウエは1945年のイタリアにおけるドイツ国防軍との戦いにおいて負傷し右腕を失いました。一命を取り留めて帰国した彼は政治学を専攻し30歳の若さでハワイ議会の議員に当選、5年後の1959年に民主党からハワイ州選出の連邦下院議員に立候補してアメリカ初の日系人議員となりました。同じくハワイ出身のバラク・オバマが2009年に米国の大統領となりますが、半世紀前に白人主導のアメリカ社会においてダニエル・イノウエが獲得した地位は日系人移民にとって極めて大きな意味を持ちました。

2012年にこの世を去ったダニエル・イノウエ氏に対してオバマ大統領は「真の英雄を失った」「彼が示した勇気は万人の尊敬を集めた」との声明を発表したそうです。

ダニエル・イノウエが志願兵として所属した第442部隊の合言葉は「Go for broke! (当たって砕けろ)」でしたが、そこには戦場における勇敢な闘いに加えて日本と米国の両方を祖国に持つ皮肉な運命とそこから生まれる偏見との孤独な闘いがあったはずです。彼らの努力の延長線上に現在の磐石な日米関係があることを忘れてはいけません。

© 2018 DMlab