LESSON-3
日本とハワイ
【20世紀】​

日本人で最初にハワイに上陸したのは記録によると1806年。ただしこれは遭難した船の乗組員が米国の捕鯨船に助けられたもの。同様の漂流者で有名なのが1841年のジョン万次郎で彼はその生涯で何度かハワイを訪れることになります。彼らの偶然によるハワイ訪問はやがて国交へとつながり、明治時代に移民が開始され20世紀前半にハワイ諸島に巨大な日系人社会が育つことになります。江戸時代の鎖国から開国への動きは西洋列強の外圧によって進みましたが、開国した日本における最も目に見える国際化の対象はハワイだったのかもしれません。

アロハプログラムで学ぶ

日本とハワイの関係を以下の講座で学びましょう!

講座名:日本からの漂流民  ▶︎ 読む

講座名:ハワイ準州時代の日系移民とそのリーダー達  ▶︎ 読む

えとう教授の【観光学の視点】

●1543年:ポルトガルから種子島へ鉄砲伝来
●1549年:フランシスコ・ザビエルによるキリスト教伝来


日本史の教科書に必ずのっている16世紀半ばのふたつの事件は戦国時代に多大なる影響を及ぼしましたが、徳川家康による天下泰平によって戦乱がなくなり、禁教令で布教の広がりも限られることになります。1603年から1868年まで続いた江戸幕府による鎖国時代の日本外交は朝鮮、琉球、中国(明朝と清朝)及びオランダとの部分的交流に限られましたが、この間に世界は大きく変化します。

●1776年:独立宣言によってアメリカ合衆国が誕生
●1795年:カメハメハ大王がハワイ王国の建国宣言


これら2国の誕生はどちらも江戸時代の後半ですが、当時の一般庶民はそんな海の向こうの出来事をほとんど知らなかったはず。鎖国時代とは内部では対立が起こらず、外部の激変にも目が向かないという、歴史的に極めて珍しい社会構造だったのです。

そんな鎖国を終わらせるきっかけとなったのが…

●1853年:アメリカ合衆国艦隊4隻の来航【黒船来航】

この艦隊を率いたマシュー・ペリーの名前も必ず教科書にのっていますが彼の交渉の目的が捕鯨船の物資補給を目的とした寄港地の確保であったことは以外と知られていません。既にマウイ島のラハイナが捕鯨寄港地として賑わっていましたが、大量の薪と水、食料を得ための「第2のラハイナ」を求めて日本を訪れたペリーにしてみれば、この来日をきっかけに日本に大きな「革命」が起こるなど予想していなかったでしょう。

© 2018 DMlab