LESSON-2
米国とハワイ
【19世紀】​

捕鯨の街ラハイナのランドマーク「パイオニアイン」

カメハメハ大王によるハワイ8島の統一が1810年。8代に渡った王朝が最後の女王となったリリウオカラニの時代に米国の侵略によって崩壊したのが1893年。19世紀のハワイは欧米諸国に翻弄される時代となりましたが、その中でも最も影響を及ぼしたのが米国でした。では、どの国からも遠い場所に位置するハワイを米国が我がものにしようとしたのはなぜだったのでしょう?そこに登場するのがクジラの存在。捕鯨産業による太平洋海洋進出がハワイの運命を変えるきっかけとなったのです。

アロハプログラムで学ぶ

米国ポリネシアとハワイの関係を以下の講座で学びましょう!

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えとう教授の【観光学の視点】

捕鯨産業といえば捕鯨活動の是非を問うIWC(国際捕鯨委員会)の投票で伝統的にクジラを食してきた文化を持つ日本や北欧の国々と動物愛護を唱える米国などの国々が対立するニュースが取り上げられます。ところが19世紀に最も活発な捕鯨活動を行っていたのは米国でした。マッコウクジラの頭部から採れる良質なオイル(鯨油)は石油発見以前、アメリカの家庭で灯されるランプなどに利用される重要な資源でしたが17世紀に始まった沿岸捕鯨の資源が次第に枯渇し、大型船による遠洋捕鯨に移行すると次第に太平洋全域がその対象となりました。その過程で太平洋の真ん中に位置するハワイはが補給基地として注目されることになりマウイ島のラハイナなどは多数の捕鯨船が寄稿する「捕鯨の街」として栄えました。

転機が訪れたのは1859年。米国のペンシルバニアで石油が発見されたことにより危険で効率の悪い捕鯨産業は一気に衰退することになります。そこに変わって登場したのが砂糖産業。サトウキビ栽培に適した南国の土地に米国資本が大規模なプランテーションを作り、中国や日本から移民労働者を集める時代へと移行します。
 

米国とハワイの間に存在する長い距離は捕鯨によって結ばれ、砂糖産業の物流網となり20世紀になると軍事拠点のネットワークへと変化します。その後米国に併合されて州となったハワイは遠い場所にあったが故に世界の覇権を握ろうとするアメリカにとってなくてはならない場所だったのです。

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